町内会は必要か?

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タカさんの住んでいる町には町内会(自治会とも呼ばれる)がない。 昔はあったが廃止されたのだ。 廃止されて良かったという人は、回覧板や葬式の手伝い、公園の掃除、共同募金の勧誘など、煩わしくて手間ばかり掛かったというイメージがあるのだろう。確かに、アパートが増え、住民の顔が見えなくなると、回覧板が途中で止まって困ったという経験がある。
インターネットで「町内会 仕事 トラブル」で検索すると、出るわ出るわ不満の声が。単身や共働き所帯が増え、雑務?に拘われないというのが現実。 役員を押し付けられて、「なぜ、仕事を犠牲にまでして、行政の下請けをタダ働きしなければならないか。納得いかない」と言う声。  尤もです。
タカさんの実感も、町内会はなくても困らない。というより、なくても困らない仕組みになっているようだ。
市報は個別配布だし、葬式も業者と相談して自由にできるし、近所の公園や道路掃除も行政がしてくれる(ボランティアも活躍!)。 ご近所のトラブルも、都度、行政に解決してもらえる。 なくても何にも困らない。 かな??

西東京市には、町内会のない町が多い。 想像以上だ。
個々の家庭の安心安定は、地域の安心安定に依存する、のは確か。 地域の安心安定を、行政だけに任せておけば大丈夫か? 行政は万能ではない。 ご近所で解決できるものは、ご近所で解決した方が効率的な場合があるのでないか。 例えば何?
一つは、防災。 関西淡路大震災の時に、救助に立ち上がったのは、ご近所。どの家が助けを必用としているかが分かるのはご近所。 震災時には、行政は個々までは手が回らない。
そういえば、自警団や消防団なども、この範疇でしょう。これはこれで組織化されているようですが。
次は、福祉。 泉町で、老々介護のご主人が先行きを悲観して硫酸化水素ガス自殺、などの報道を見ると暗い気持ちになる。ひばりが丘の方でも孤独死があったそうだ。 これは、やはり不自然な感じ。 ご近所に困っている人がいれば、それとなく見守り、いざと言う時は手を差し伸べる、そんな、ご近所のお付き合いが普通でしょう。人間として。
やはり、町内会(決して、行政の下請けでないと思うが)に代わる、何らかの仕組みが必要ではないか。うまく働けばご近所の底力、地域力の強化に繫がるような、新しいご近所付き合い方が。

だが、個人生活のプライバシー侵害にもなりかねない。「ほっといてくれ」というのが普通の感情。認知症家族の会で聞いた話では、デイサービスへ通うために、自宅に車で送迎してもらうこと自体も恥ずかしいという人もいるようだ。いざという時は助けてもらいたいが、普段はそっとしておいて欲しい、ということだ。 そんなこと現実に可能だろうか?

社協では、「ふれあいのまちづくり」で、西東京市全域にわたって、小学校通学区域単位で住民懇談会を組織している。町内会に代わる仕組みだ。しかし、活発に機能しているとは言い難いようだ。 活動が限定され、組織の高齢化も進んでいる。
今年度から、地域福祉コーディネーター制度の試行が始まると聞いている。
「住民同士の助け合い、支え合い」と「プライバシー尊重」の両立をどう実現するのか、非常に興味深い。
(因みにボランティア仲間に聞くと、個人情報保護法の評判はすこぶる悪い。 でしょうね・・・)

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